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四国昔話八十八ヶ所巡り
八十場の怪魚  香川県坂出市・八十場

むか〜し昔、景行天皇のころのお話じゃ。
おだやかな瀬戸内海で大きな怪魚があばれまわって、人々は困っておったそうじゃ。

ある時、日本武尊(やまとたけるのみこと)が88人の家来をつれて怪魚を退治するため坂出の沖にやってきたそうな。
武尊と家来たちは怪魚に向かって戦いを挑んだのじゃ我、大きな口で舟もろとも飲まれてしまったそうじゃ。

ところが、武尊と家来たちはあきらめず、飲まれた怪魚の腹の中で舟を壊し、たきぎにして、火を燃やしたそうな。
さすがの怪魚も腹の中で暴れられ、飲んでいた舟も人も吐き出して、息絶えたそうじゃ。

しかし、怪魚の毒気にやられたのか、武尊と家来たちはみな一様にぐったりとしておった。
浜の人は総出で看病したものの、毒気は強く、武尊と家来たちはなかなか生気がもどらんかった。
その時、一人の村の童子が、武尊に一杯の清水を飲ませたそうな。
すると、武尊は、みるみる元気になったそうじゃ。
この清水を飲んだ88人の家来たちも、次々と元気を取り戻したそうな。
浜の人々はたいそう喜び、武尊らを囲んで、祝の宴をひらいたそうじゃ。

これ以来、この場所を「弥蘇場(八十場)」というようになり、死んだ大きな怪魚の腹があったところを「福江」といい、尻尾があったところを「江尻」といい、怪魚を祀ったところを「御供所」といい、骨をおまつりしたところを「魚御堂」というようになり、今もこの地名は残っておるそうな。

この時、武尊の妃が男の子を産んだそうじゃ。
武殻王とご命名されたこの男の子は、その後もこの地にとどまられ、讃岐の国守となった。
また、武尊に清水を献上した童子は、後に横潮大明神と言われるようになり、今も人々の厚い信仰をあつめておるそうな。



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