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実慧ら渡唐する円行に、空海の入定を記す書簡を託す

空海の高弟であった実慧は、空海の死を唐の長安に報せています。
またまた渡唐する円行に託して、長安の青竜寺に書簡を送ったのです。
その文章には、空海の帰国後の活動を列挙、師である恵果の期待にそむかなかったことを述べ、終焉の地である高野山金剛峰寺の建立や空海の死のことが書かれています。

実慧は空海の死を「薪尽き、火滅す。行年六十二。嗚呼悲しい哉」と表現しています。

報せをうけた青竜寺では、素服をつけてこれを弔したといわれています。

日本の僧の死がわざわざ唐の長安に報じられるという例は、空海以前にはなかったようです。



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